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【アクテムラとわが研究人生 vol.16 B細胞阻害薬を探す旅】

2024.12.17

B細胞阻害薬を探す旅

83年12月浜松市で開催された第13回日本免疫学会に参加した後、会社に提出した学会見聞録の表紙

 

 

同報告書の4ページ(右半分)からB細胞阻害薬探索研究の着想について述べている。下段の図には、

活性化された状態のB細胞表面にはBCGFやBCDF(後にBSF2,そしてIL6に改名)に対する受容体が発現することが想定されていたことを明示

 

 B細胞阻害薬の探索が研究テーマとして承認されるとテーマコードが付けられた。命名者は私で、ポリクローナルB細胞活性化現象を制御するという意味合いの“Polyclonal B cell Modulator”の頭文字を取って PBM検体とした。研究予算も同時にこのとき確保された。テーマは決まっても担当者は私を除けば、たった1人、免疫研究グループの小森利彦さんだけだった。

 かくして1986年に、まだ誰も手掛けていないB細胞を標的にした阻害薬を探し求める長い旅が始まった。これが、アクテムラ研究の源泉ともいえる。当時、サイクロスポリンAやタクロリムス(FK506)などT細胞選択的な免疫抑制薬が既に存在したが、B細胞の選択的な阻害薬は世界中どこにも存在しなかった。新薬の創出は、「無から有を生む」と表現されることがあるが、一燈を掲げて闇夜を行く心境だった。

 「良い評価法が新薬の開発を生む」という言葉があるように、B細胞選択的阻害薬を発見するためには優れた評価系が必須となる。このケースでは、自己免疫の原因であるB細胞の活性化を引き起こす原因因子が分かっていれば、その因子を細胞培養液中に添加してB細胞の活性化を誘導することができ、体の中で起こっている事象の重要な一部分を試験管の中で再現できる。しかし、当初、そのような自己免疫疾患の原因因子が同定されていなかったので、似たような性質を持つリポ多糖体(LPS)を用いることにした。LPSは、B細胞を刺激して自己抗体産生を誘導することが分かっていたので、その性質を利用して各種化合物のスクリーニングを行うことになったわけだ。

 小森さんは市販の化合物や社内で合成された化合物をランダムに選んで試験した。その結果、満足できるような強い活性を持った、いわゆるヒット化合物を見いだすことはできなかったが、ノルスペルミジンなどのポリアミン系の化合物が、ある程度の弱い活性を有していることが分かり、International Journal of Immunopharmacology誌に論文投稿した(91年)。

 ノルスペルミジンはLPS刺激によるB細胞の増殖には極めて弱い活性しか示さないが、免疫グロブリン(Ig)M抗体産生を強く抑制する作用を有していた。しかし一方、B細胞株であるCESS細胞にIL6を添加したときに見られるIgG抗体産生には影響しなかった。88年に入って、ノルスペルミジンの誘導体の開発が検討されたが、これ以上の進展が得られなかった。

 一方、マウスを用いた研究でも、B細胞を刺激するには同様にLPSを活用するしか選択肢が無かった。LPSを注射すると数日後に自己抗体が血中に現れるので、これを測定する方法を用いた。この研究は、国際開発部から私の研究室に派遣された藤原英城さんが担当した。自己抗体の産生を有意に抑制したのはシクロフォスファミドという強力な免疫抑制薬だけであった(論文発表済み)。その後も2、3年を費やしたが、阻害薬探しは難航した。標的分子が不明のまま阻害薬を探索するのは困難であるとあらためて知った。適切な評価系を確立するために、標的分子探しが並行して始まっていたが、このことについては次回紹介する。

 後になって分かるのであるが、LPSを用いたことがPBM検体プロジェクト失敗の原因であった可能性がある。その理由は以下に述べるが、応用研究所の竹田泰久さんのグループやその他の外部研究者らが行ったカルフェニールの実験結果から推測できる。竹田さんといえば第4回で紹介した、二日酔いの私が実験室の床に白衣を敷いて横になっているところを目撃した人で、70年に免疫研究室が発足してから7年たって免疫研究グループに加わった初めての後輩である。竹田さんらは、大阪大学医学部付属癌研究所の浜岡利之先生の研究室の援助を得て、カルフェニールの抗体産生調節作用の詳細な検討を行った。先生のグループはT細胞から分離した可溶性因子がB細胞の分化を誘導して抗体産生を誘起することを発見し、この因子をB151-TRF(T cell replacing factor)2と名付けた(86年)。この因子は、全身性エリテマトーデス(SLE)マウスに認められ、自己抗体産生を誘導することから、自己免疫疾患の原因因子であると考えられていた(87年)。

 竹田さんの部下であった浦川和三さんは浜岡研究室に出向して実験を担当した。実験結果は、カルフェニールがポリクローナルにB細胞を活性化して抗体産生を誘導するTRF2による抗体産生を抑制する一方で、LPSによって誘導される抗体産生を抑制しないというものであった(炎症、10、465-469、1990)。すなわち、TRF2とLPSとでは、抗体産生誘導における信号伝達経路に違いがあることを示唆する大変興味深い結果だった。カルフェニールのプロテインキナーゼC(Cキナーゼ)系経路阻害作用が、このような効果の差を生むのではないかと考えられたが、他にもサイクリックAMP(cAMP)上昇作用などが関係している可能性もある。いずれにしても新しい薬物のスクリーニングを実施する際にはこのようなことに留意しなければいけないと分かった。

 89年頃の話をもう少し続ける。SLE患者由来の末梢血白血球において観察されるポリクローナルB細胞活性化現象に対して、カルフェニールが試験管内で強い抑制作用を示し、IgG抗体産生を顕著に減少させたと報告されている。非付着性細胞に対する作用であることは確認されたが、サプレッサーT細胞機能異常を是正することによるのか、あるいはポリクローナルに活性化されたB細胞に対して直接的に働くのかは、今後の課題であるとされた(今井史彦ら、医学のあゆみ、150、551-552、1989)。さらに、カルフェニールで治療を受けた患者さんで症状が改善された症例群では、末梢血中Leu16(CD20)陽性B細胞が減少し、その後を追うように血中免疫グロブリン値が減少、そして症状改善へと位相がずれるように順序だって変化が見られたと報告された。竹田らの論文を引用して、B細胞の減少はカルフェニールによる直接的B細胞増殖阻害作用によると考察している(宮坂信之、西岡久寿樹、炎症、11、93-100、1991)。

 これらはPBM検体プロジェクトが中止となった後になって明らかにされたことであり、文字通り「後の祭り」となった。LPSではなく、TRF2など他のB細胞活性化系をスクリーニング法として使用していれば、カルフェニールの他にもヒット化合物は発見されていた可能性が考えられる。

 

初出:日経バイオテクONLINE 2016年12月26日掲載。日経BPの了承を得て掲載

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