【アクテムラとわが研究人生 vol.14 B細胞阻害薬の提案】
2024.12.06
B細胞阻害薬の提案
PostCCA(CCAはカルフェニールの開発コード名)としての
PBM検体に関する 研究提案が承認された社内企画委員会の議事録
カルフェニールに製造承認が下りて販売を開始したのは1986年のことだ。革新的な作用機序を持った新薬として世の注目を集めた。順天堂大学の塩川優一先生は、「中外製薬ならではの斬新でユニークな抗リウマチ薬である」と絶賛して新薬誕生を祝っていただいた。
カルフェニールは海外でも脚光を浴び、米Merck社や英Glaxo社(現GlaxoSmithKline社)など十数社がライセンシングに興味を示した。当時中野さんの上司でカルフェニール研究開発の中心人物であった畑俊一室長と一緒に相手先を訪問し、打ち合わせを行った。そうこうするうちに、欧州で中外が独自に開発することを決定し、国際部という新しい組織を設置し、ドイツでの臨床第I相試験を開始した。しかし残念ながら、被験者の血中BUN(尿素窒素)値が上昇し、腎臓に障害を引き起こすことが判明し、海外での開発を断念した。
やがて日本でも、カルフェニールの腎毒性発現が問題となり、用法・用量などに工夫が加えられたが、徐々に市場から敬遠される運命をたどった。カルフェニール発売後、1年足らずで後を追って発売された参天製薬の抗リウマチ薬「リマチル錠」(ブシラミン)があったからである。
それでも、カルフェニールは発売数年後には3万人の患者に用いられて抗リウマチ薬としてトップブランドの地位を占め、年商で30億円を超える売り上げを達成した。カルフェニールは我が国初の関節リウマチ治療薬であり、免疫調節作用を介して効果を発揮するとされるこれまでに無い斬新な作用様式を有した。これらの点から社内外で高く評価され、期待も集めた一方で、有効性、安全性とも決して満足できるものではなく、前述したような状況から行く末が危ぶまれた。そこで83年頃、改良品の研究企画を立案するためのプロジェクトチームが社内に立ち上がった。
プロジェクトチームは研究企画部門が主導したが、私も現場の研究者としてメンバーに加わり会合で熱のこもる議論を重ねた。他のメンバーから「カルフェニールよりもさらに強力に抑制性T細胞を活性化できる改良品を開発するには何をどうすればいいのか」と問い掛けられたとき、私は2つの理由を挙げて発想の転換を説いた。1つは、先述のB細胞異常説に基づけば、抑制性T細胞を活性化することは間接的であり、直接B細胞を標的にする方が効果的なこと。もう1つは、カルフェニ-ルが抑制性T細胞の機能を回復させる作用機序が不明なのに、その延長線上で考えていては先々行き詰まるであろうということだった。
プロジェクトチームで議論する中で思い出したのは、Gershwin博士と米UC Davis校のキャンパス内を歩きながら話したB細胞阻害のことだ。そのときは、「B細胞を阻害すると患者は免疫不全になるだろう」という博士の指摘に言葉を返さなかったが、その指摘を半ば受け入れながらも、「でも今はそれしかない。それが現時点で考え得る最善の方法だ。免疫担当細胞全体を無差別に障害、死滅させるような既存の非特異的免疫抑制薬に比べれば、B細胞のみを選択的に阻害する薬剤なら、T細胞やマクロファージなど他の免疫細胞は生き残るので、それだけ副作用が少ないはずだ」と考えていた。だからプロジェクトチームで議論したときに博士との会話を鮮明に思い出し、チームのメンバーにB細胞阻害薬の研究を提案してみた。
これは米国留学時の研究成果(J Immunol. 1979 May;122(5):2020-5.他3報。第11回写真3参照)に基づいて着想したもので、良く言えば斬新だったが、提案した私にも確固たる自信は無かった。しかしながら、私の提案はチームメンバーの賛同を得た。賛同というよりも、他に選択肢が無かったので仕方なく受け入れたというのが近いかもしれない。外部専門家のアドバイスを求めるという方法もあったかもしれないが、是非を言えるほどの情報も無い状況で、「難しそうだね、でも面白そうだからやってみたら」、と人ごとのように言われるだろうと思ったので相談はしなかった。
ところでカルフェニールで期待通りの成果を上げられなかったにもかかわらず、中外が抗リウマチ薬の研究にさらなる多額の資源をつぎ込もうとした理由について少し説明しておこう。製薬企業では経営上の戦略の常とう手段であるが、1つの新薬の開発に成功すれば、その改良品の開発に力を入れる場合が多い。今回の例で説明すれば、カルフェニールの開発を通して培われた抗リウマチ薬開発の経験・ノウハウ、関節リウマチ専門医などとの人的ネットワークや販売網の構築などが、その疾患領域における大きな財産、資源となって蓄積されるので、これを最大限に活用して次の製品の開発に活用すべきであるとの考えに基づくものだ。従って、カルフェニールを発売した経験が大きな力となり、アクテムラを成功へと導いたのである。「カルフェニールはアクテムラの生みの親」である。
初出:日経バイオテクONLINE 2016年12月12日掲載。日経BPの了承を得て掲載