【アクテムラとわが研究人生 vol.37 バイオ医薬研究開発支援会社の会長に】
2025.05.13
バイオ医薬研究開発支援会社の会長に
中外製薬とのプロフェッショナル契約社員契約が2009年8月末日に満了したが、米食品医薬品局(FDA)の承認はまだ得られていなかったので、もう1年顧問として残留することになった。その後もアドバイザリー契約を締結しながら非常勤勤務を継続していたが、年々勤務時間は短くなっていた。そして2012年8月、浅草にあるグローバル経営コンサルティング会社のフューチャー・オポテュニティー・リソース(F.O.R)の土木田斉社長を紹介された。私は医薬品創生アドバイザーという肩書で週2日程度働くことになった。
2012年に世界の医薬品売上高ランキングで抗体医薬が第1位にのし上がったが、低分子医薬品が首位の座を明け渡したのは史上初めてのことである。今や医薬品上位10傑に抗体医薬が6品目も入り、隔世の感がある。アクテムラの売り上げを1兆円とした研究本部長の予測は「絵に描いた餅」ではなかったのである。抗体の利点は何か? 標的分子に対する特異性が高いので有効性に優れ、副作用が少ないことは申すまでもない。オフターゲット効果による副作用の危惧が付きまとう低分子化合物とは対照的である。薬価が高いこともあって自然と大きな売り上げを達成することができるのも魅力的である。しかし、最も大きな科学的利点は、分子量の小さい化合物では阻害できない蛋白蛋白間の結合反応を阻害できる点である。抗体のような大きい化合物でなければIL6の阻害は難しいのである。
このような抗体医薬の魅力と飛躍的な発展が、開発競争に乗り遅れた製薬企業を目覚めさせたし、また、抗体医薬で一獲千金を夢見るスタートアップ企業も数多く出現した。しかしながら、成功体験が無く製品化に向けてどのように進めていけば良いのか、相談し適切なアドバイスを必要とするケースが多い。アクテムラの研究開発に携わった成功体験を生かし、次なるバイオ医薬の研究開発に少しでも寄与・貢献できればという強い気持ちを持ち続けて活動してきた。前回でも述べたように大学院の特任教授や非常勤講師 、JST・AMED-Astep評価委員、AMED-CRESTアドバイザーなどの仕事はいずれも現役引退後の社会貢献であると認識している。
このような背景の下、2015年6月に抗体を主とするバイオ医薬研究開発を支援するコンサルティング会社が、F.O.R社の100%出資子会社として発足することになり、私が代表取締役会長に就任した。「稀有な経験を重ねた有能なバイオ医薬品研究開発の経験者が心身共に健康である限り、ノウハウを社会に還元・貢献し、顧客企業や社員などの関係者全てがWin-Winとなるべきであり、また偉業を達成した『大杉』という名前を世の中に残したい」。身に余る言葉であるが、これは土木田社長の書いてくれた文言そのままのコピーなのでご容赦願いたい。親会社社長のこのような熱い説得に対して、私の名前が会社名になることは大変に気恥ずかしい思いが強かったので何度も首を横に振ったが、最終的に大杉バイオファーマ・コンサルティングという社名にすることに同意した。イノベーション創出を目指し挑戦しておられる会社・研究者を支援することが社会貢献だと前々から考えていたからだ。私の信条は「人のため、世のため、革新的新薬の開発に挑戦する」であり、真っ先に利潤を追い求めるのではなく、やらなければならないことをやりたい。そうすれば利益は後についてくると信じている。2016年に、近江八幡市を訪れ、近江商人の旧宅を見学したとき、床の間の掛け軸に「先義後利栄、好富施其徳」(道理をわきまえて商いをすれば利益はついてくる。利益を上げることは悪いことではないが、それに見合った社会貢献をすることが大切である)と私の思いと同じ意味の家訓が揮毫(きごう)されていたのを見て、とても感動した。
初出:日経バイオテクONLINE 2017年6月5日掲載。日経BPの了承を得て掲載