【アクテムラとわが研究人生 vol.22 可溶性受容体での挫折】
2025.01.28
可溶性受容体での挫折
筆者自筆の社内報告書の中の1ページで、IL6の細胞内へのシグナル伝達経路を説明した模式図。gp130の発見によって、可溶性受容体がIL6阻害作用を示さない理由が解明された。BSF2はIL6の旧名、SR344はN末端から344番目のアミノ酸残基の箇所で切断した人工の可溶性IL6受容体を指す。88年11月25日、福井さんと共に大阪大学細胞工学センターを訪問し、平野俊夫先生、田賀哲也先生ら同席の下、岸本先生から説明を受けた
前回で述べたように1988年2月、岸本研でIL6受容体の遺伝子クローニングが完了し、我々はその遺伝子を手にした。早速、その受容体遺伝子を用いてN末端から様々な位置で切断した人工の可溶性受容体を作製するために、それぞれ所定の位置に終止コドンを挿入したcDNAを作製し、サル由来COS7細胞で発現させた。得られた可溶性受容体のうち、N末端から数えて323、もしくは344番目のアミノ酸の所で切断した可溶性受容体がIL6との結合能を保有していることが分かった。しかしながら、不思議なことにIL6の作用を阻害できなかったのである。
この問題の解決に向け、岸本研でも試行錯誤がしばらく続いたが、88年11月、IL6受容体を発現するU266細胞(35S-メチオニンで内部標識)にIL6を添加した後に細胞膜画分を調製し、それに抗IL6受容体抗体を添加して免疫沈降させ、沈降物をSDS-PAGEにかけたところ、80kD(IL6の分子量)と130kDの位置に2本のバンドが現れた。このことによって、後にgp130(130kDのglycoprotein)と名付けられた2番目のIL6受容体分子がIL6とIL6受容体複合体に結合することが初めて明らかになった。
このようにIL6の信号伝達様式は想像もしなかったユニークなものであった。すなわち、図に示したようにIL6は細胞膜上のIL6受容体と結合した後、gp130と呼ばれる第2の受容体と会合し、この3者複合体が2組会合すると、gp130は細胞質内領域でホモ二量体を形成する。その結果、リン酸化キナーゼの活性化に始まる信号伝達系が動きだし、IL6の信号が核内に伝達されるというものだ。
一方、可溶性IL6受容体はIL6と複合体を形成するが、この複合体は細胞表面上のgp130と結合できるので、結果、IL6の信号は細胞内に伝達されてしまう。この信号伝達様式はトランスシグナリングと呼ばれ、生体内でも重要な働きをする。すなわち、生体内に存在する可溶性IL6受容体はIL6と複合体を形成し、細胞膜上にIL6受容体を発現しない細胞にもgp130を介してシグナルを伝えることができる。なお、この六量体の結晶構造については、それから25年たった2005年に解析結果が公表されている(Skiniotis G, et.al., Nature Struct Mol Biol.)。
可溶性受容体が効かない理由は以上のようなものであるが、これによりIL6の可溶性受容体をIL6阻害剤として医薬品にする試みは挫折した。
IL6と結合するが、引き続いて起こるgp130と結合しないような人工的可溶性受容体が作製できないかと、様々な場所に遺伝子変異を入れて検討したが、残念ながらこの試みも成功しなかった。
一方、大阪大で受容体の遺伝子クローニングが実施されている間、ほぼ同時並行で、プロジェクトメンバーの小石原保夫さんと福井博泰さんが中心となって、IL6のアミノ酸配列情報に基づいて作製された様々な断片ペプチドの作用を調べたが、阻害活性を示すペプチドは見つからなかった。50アミノ酸残基程度の長い断片だと受容体との結合活性が認められるので、ペプチドの折り畳みで形成する立体構造が活性部位を構成していることが疑われた。長鎖ペプチドでは、医薬品として開発するのは困難であると判断し断念した。さらに、IL6受容体に関しては、N末端から311番目までのアミノ酸から成るペプチドではIL6との結合能が喪失するが、この事実と上述した323番目までの可溶性受容体が結合能を有していることとを考え合わせると、311から323番目のペプチド配列がIL6との結合に関わっていると考えられる。しかし、この配列のペプチドにはIL6阻害作用が認められなかったし、この配列に対する抗体にも阻害活性が見られなかった。受容体の結合部位もリガンド同様にやはりフォールディングによって形成されることが示唆された。
共同研究の開始から2年半近くたった89年2月には苦境に陥り、途方に暮れていた 。追い打ちをかけるように、研究本部に「選択と集中」の荒波が押し寄せようとしていた。
初出:日経バイオテクONLINE 2017年2月13日掲載。日経BPの了承を得て掲載