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【アクテムラとわが研究人生 vol.8 カルフェニールとの出会い】

2024.10.22

カルフェニールとの出会い

研究の合間にプレーした野球選手として最も輝いた時期に頂戴した優秀選手表彰状

 

 

カルフェニールが抑制性T細胞活性化作用を介して自己免疫疾患を改善する

とする仮説を提唱した思い出に残る社内報告書

 

 入社後5年経った1974年、AM-50の健常人での臨床第Ⅰ相試験が始まった。ちょうどその頃、自己免疫疾患に興味を持つことになった。そのきっかけとなったのは後に抗リウマチ薬として発売される「カルフェニール」(ロベンザリット二ナトリウム)との出会いであった。ある朝の出勤途上、山手線高田馬場駅近くで、別の研究室の中野利昭さんと出くわし、研究所まで歩きながら受けた相談がきっかけとなる。

 「カルフェニールは免疫抑制作用も抗炎症作用も無いのにラット・アジュバント関節炎の症状を改善する。その機序は何なのだろうか」という問い掛けであった。直ちには答えが見つからなかったが、それ以来、この不思議な現象はなぜ起こるのかずっと気になって考え続けていた。

 その当時、お昼休みはほとんど毎日、実験室の建物とは別棟の中にある社員食堂で昼食を済ませ、グラウンドでの野球で一汗かいた後、再び食堂のある建物の2階にあった図書室に行き、1-2時間、長いときは3時間近く、図書室で新着雑誌の目次に目を通し、自分の研究に参考になるような論文や記事を探す作業を日課としていた。興味を引いた論文や記事のコピーを取り、家に持ち帰り読むのである。

 ある日、74年発刊のLancet誌の目次を眺めていると、「駆虫薬レバミゾールが、免疫を増強するにもかかわらず関節炎を抑制する」とのタイトルが目に飛び込んできて驚愕した。「To the editor」欄に掲載された、たかだか10cm四方程度の小さな記事であったが、これでカルフェニールの謎は解けるかもしれないと思った。

 世界は広い。同じ時期に同じことを発見する人がいるものだ。そもそも、カルフェニールは中野さんが所属する研究室の室長だった畑俊一さんと合成研究者の種村満さんが、新規の抗酸化剤として合成した化合物で、マクロファージを活性化して異物貪食能を増強することが知られていた。また、同じように抗酸化作用を有する、2-メルカプトエタノールやビタミンEなどにも免疫リンパ球を活性化する作用が知られていた。そうであればカルフェニールもリンパ球活性化作用を通じて免疫増強作用を発揮するのではないかと考えた。当時、抑制性T細胞(当時のサプレッサーT細胞はCD8陽性と考えられていたので、CD4陽性の制御性T細胞=Treg細胞とは異なる)の機能低下が自己抗体の産生を誘発するという説が提唱されており、カルフェニールはこの低下した抑制性T細胞機能を回復させて免疫のバランスを正常化させるのではないかとの推論を立てた。この仮説は見事に的中し、次回以降に詳述するが、色々な動物モデルでカルフェニールの抑制性T細胞の機能回復効果が明らかにされていくことになる。そして、86年、カルフェニールは我が国初のDMARDs(疾患修飾性抗リウマチ剤)として発売される運びとなった。免疫調節作用という斬新な作用メカニズムを有する薬剤として大きな注目と期待を集めた。

 西井さん、鈴木さんという2人の先輩から洗脳されて培った使命感と、文献検索、乱読という2つの日頃の心掛け、努力が合わさって、この成果をもたらしたと思う。鈴木さんから、「研究所で新薬が生まれるとすれば、それは大杉君の部署からだ」と檄を飛ばされていたので、その期待に応えることができてうれしい。

 カルフェニールの成功から多くのことを学んだ。抱いた疑問に対して、常に「何故か」「何故か」と問い続けることの重要性、すなわち、「救いの女神は、準備ができた心にのみ近づく」ということが1つ。徹底的に勉強・調査し、浮かび上がった仮説・着想には信念が宿る、目標を達成するまで諦めないで粘り強く挑戦を継続することが肝要であることも知った。

 1つ成功したことで、私に自信が生まれ、2つ目、3つ目への挑戦意欲をかき立ててくれた。一方では、会社側が私の新薬創出に対する「使命感、情熱、姿勢、意欲」などの高さを評価し、「この男に好き勝手にやらせておけば、新薬が出るかもしれない」との信頼を高めたのかもしれないと思う。そして私の新薬創製への挑戦が新たに始まった。

 余談であるが、前述した昼休みの野球というのは、チームのエースであった私の次の公式試合に備えてのピッチング練習である。他に練習らしい練習は無く、試合自体が練習であった。写真は、研究所のあった東京都豊島区の軟式野球連盟から受けた表彰状である。私の趣味は「野球をすること」。野球の試合を見るのはもちろん大好きだが、特定のチームの“ひいき”は無い。ゲームそのものを楽しみ、自分のプレーや技術の改善の参考にした。それ以外は「研究が趣味」状態で、家内からは、「あなたは会社の人」と呼ばれたこともあり、3人の子供たちを含めて自分の研究人生は、家族に大いに支えられたとありがたく思う。

 

初出:日経バイオテクONLINE 2016年10月31日掲載。日経BPの了承を得て掲載

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